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札幌家庭裁判所 昭和61年(家)231号 審判

申立人 野々官澄世

主文

申立人の氏を「山崎」と変更することを許可する。

理由

1  本件記録及び当庁昭和59年(家)第4615ないし4618号戸籍訂正許可申立事件記録によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  申立人は、野々宮智久と昭和44年10月30日婚姻し、長男裕之(昭和45年9月7日生)、長女久子(昭和46年11月2日生)、二女ゆりか(昭和48年9月7日生)を儲けたが、昭和53年1月31日上記3子の親権者をいずれも申立人と定めて同人と協議離婚した。

申立人は、上記婚姻により従前の氏「山崎」から夫と同氏の「野々宮」に改氏し、上記離婚に際しては、上記3子と同一呼称とするため、上記3子の希望する「野々宮」を申立人の離婚後の氏とするべく戸籍法77条の2により婚氏続称の届出をした。従つて、申立人母子は上記離婚後「野々宮」の氏を実生活において使用した。

(2)  申立人は、加倉晋と昭和55年8月15日婚姻し、これに伴い、申立人が親権者となつた上記3子も同日同人の養子となる縁組の届出をしたが、昭和59年10月9日上記3子の親権者を申立人と定めて申立人と同人は協議離婚し、同年11月24日上記3子も同人と協議離縁した。

申立人は、上記加倉との婚姻により、従前の氏「野々宮」から夫と同氏の「加倉」に改氏し、上記3子も縁組により養父の氏「加倉」に改氏した。そして、上記離婚に際しては、申立人は、実家の氏「山崎」に当然に復氏するものと考え、申立人の氏を「山崎」とする離婚後の新しい戸籍の作成を求める離婚届を提出したため、一旦は、申立人の氏を「山崎」とする新戸籍が編製され、養父と離縁した上記3子もこの申立人の戸籍に入籍した。しかし、申立人が上記離婚により復すべき婚姻前の氏は「野々宮」であつたことから、この戸籍記載の誤りに気付いた戸籍係吏員の指導もあつて、申立人は、昭和59年12月5日その戸籍上の氏「山崎」を「野々宮」と訂正する旨の戸籍訂正許可の審判を申立て(当庁昭和59年(家)第4615号ないし第4618号事件)、同年12月21日これを認容する審判がなされ、昭和60年1月8日上記審判が確定したことに基づき、同年1月18日その旨の戸籍訂正がなされた。その結果、申立人はもとより同籍する上記3子とも、戸籍上は「野々宮」の氏となつた。

(3)  しかしながら、上記加倉との離婚又は離縁時から、申立人母子は「山崎」の氏を実生活において使用しており、特に申立人はその経営する学習塾の名義を「山崎」の氏にしており、また、上記3子も通学先での氏を「加倉」から「山崎」に変更した経緯があつたことから、上記のとおり「山崎」から「野々宮」に戸籍訂正がなされた後も、実生活においては従前どおり「山崎」の氏を使用しているもので、「山崎」の氏を「野々宮」に変更することに対する抵抗感は強く、子らの強い希望もあつて、申立人は昭和61年1月21日本件氏の変更を申立てた。

なお、申立人が「野々宮」から「山崎」に氏を変更することにより、第三者が不測の損害を被る等社会的弊害の生じるおそれがあると認むべき資料はない。

2  ところで、わが民法は、婚姻により改氏した配偶者は離婚により婚姻前の氏に復するものとし、離婚復氏を原則としていることから、離婚に際し婚姻中の氏を選択したかかる配偶者から、婚姻前の氏に変更したい旨の氏の変更許可の申立てがなされた場合には、戸籍法107条1項に規定する「やむを得ない事由」の判断にあたつても、離婚復氏を実現するための氏の変更であることを考慮して、一般の氏の変更の場合よりある程度要件を緩和して解釈することが許されるものと解するのが相当であるが、本件のように婚姻が二度に亘り、いずれの婚姻においても改氏した配偶者についても、わが民法は最初の離婚に際し婚姻前の氏に復し、二度目の離婚に際しても婚姻前の氏に復することにより、二度目の離婚に際しても最初の婚姻前の氏に復することを原則としているものと解せられるから、かかる配偶者から、最初の離婚に際し婚氏を選択したため、二度目の離婚に際してはもはや民法767条によつては最初の婚姻前の氏に復することができないことから、戸籍法107条1項により最初の婚姻前の氏に復するための氏の変更許可の申立てがなされた場合にも、前同様に、上記条項の適用にあたり一般の氏の変更の場合と異る緩やかな解釈をすることが許されるものと解するのが相当である。すなわち、最初の離婚に際し選択した婚氏が、最初の離婚後の氏として社会的に定着したとは未だ認め難い期間内に二度目の婚姻が成立し、かつ、二度目の離婚後の氏も、社会的に定着したとは未だ認め難い期間内に最初の婚姻前の氏に復するための氏の変更が求められた場合であつて、その変更が特に申立人の恣意によるとか、変更により社会的弊害が生じるとかの特段の事情がない限り、かかる氏の変更は許可して差支えないものと解される。

これを本件についてみると、上記認定のとおり、申立人は、最初の離婚の約2年半後に二度目の婚姻関係に入つているもので、この離婚後の氏使用の期間からしても、この間に最初の離婚後の氏(婚氏)が社会的に定着していたとは未だ認め難いうえに、二度目の離婚後の氏についても、二度目の離婚後約1年3か月を経過して本件氏の変更許可の申立てがなされているので、この期間及びこの間の上記氏使用の実態からすると、二度目の離婚後の氏も未だ社会的に定着したとは到底認め難いのであつて、更に、変更を求める理由においても、申立人の法律知識に錯誤があつたとはいえ、申立人の恣意が働いているとは認められず、また、変更による社会的弊害の生じるおそれも認め難いことからすれば、本件氏の変更は、戸籍法107条1項の「やむを得ない事由」があるものとしてこれを許可するのが相当である。

3  よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 岩井正子)

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